アト吉の皆様
残暑お見舞い申し上げます。いかがお過ごしでしょうか。私は制作する日々を送っております。
エアコンの効いた室内に篭り絵を描いていると、ふと外の空気も吸いたくなるものです。多少は涼しくなる夕方など、小一時間ほど折々に散歩することがあります。現在の制作場所は鉄道駅から離れた緑の多い所で、東西両方向に伸びる緑地帯を選んで歩くのは楽しみです。先日は国立天文台の丘陵に、ぐるりと配置された遊歩道を一周するコースを散歩しました。
天文台下の住宅地を少し歩くと、昭和初期の名残あるお店と小さな祠のある一角に出くわします。
少年時代のめまいとドキドキにタイムスリップしながら斜めに行くと、新築住宅の少し向こうに丘へと続く階段が見えてきます。腐食が進みつつある灰色の階段を、銀色の手すりを脇に登りきると、西にのぞむ夕日が美しくなる時間帯。うっとりし過ぎると暗くなるまで佇む事になりますが、今回は左手側に太陽、右手に天文台のゴーチェ子午環室、太陽フレア望遠鏡を横目に歩きました。
ウォーキング中の老夫婦やベンチで勉強する留学生を交わしつつ、数十メートル先にある階段を降りた左方向には某最高学府・馬術部の厩があります。ここの飼い猫と戯れるのが楽しみでしたが、既に閑散として、ひとけもねこけも無くなっていて残念。再び、大林宣彦の映画「転校生」を彷彿させる長い階段を登り天文台の反対側へと歩を進めました。この辺りにはホタルも居て、暗くなるとまた違う情緒が味わえます。
何度も歩いている道ですが、その都度新たな発見があります。空の色、葉のカタチ、風の匂い、生き物の声、畑のオクラ、中学校の校舎、コスモスの花。あらためて世界には全く同じものは存在しないのだと感じる瞬間です。
今回はバナナの木を見つけました。散歩コース終盤の、私のアトリエからほど近いお宅の庭先にある南国風の木でしたが、それがバナナの木だと初めて気付き驚かされました。夕刻の美しい光と風の中で、今までは見ても見えていなかったもの。南の島でしか育たないとの思い込みが、この木の在るべき姿を見えなくしていたのでしょうか。心を空にして歩く時間の中で、五感を超えた感覚が発現して、新たな出会いへと導かれているかのように不思議なひと時でありました。
アト吉の皆様、まだしばらくお会いできそうにありませんが、是非この期間に、皆様も作品の元になるようなモチーフ、色彩、形態などに新しく出会えますようお祈り致しております。
不安定な天気、状況は続きそうですが、どうかくれぐれもお身体大事にお過ごし下さい。